2026年03月05日
我が家に
息子の学習机がやってきました。
息子の学習机がやってきました。
机が届いてから
自分から机の前に座って勉強しています。
自分から机の前に座って勉強しています。
その姿を見ているとホッとしますが
実はこの机に決まるまでには
ちょっとした「一波乱」があったんです。
実はこの机に決まるまでには
ちょっとした「一波乱」があったんです。
息子と一緒に買いに行った時
本人が「これがいい!」と指さしたのは
低学年向けの小さくて可愛らしい机でした。
収納も少なく
今の息子にはちょうどいいサイズ。
本人が「これがいい!」と指さしたのは
低学年向けの小さくて可愛らしい机でした。
収納も少なく
今の息子にはちょうどいいサイズ。
対して
夫が勧めたのは
大学生になっても使えるような
大きな棚がついた立派な学習机。
夫が勧めたのは
大学生になっても使えるような
大きな棚がついた立派な学習机。
「部屋が狭いからこそ、これ一台に全部収納できた方がいい」
「将来、本や資料が増えても困らないように」
という、親心ゆえの選択でした。
「将来、本や資料が増えても困らないように」
という、親心ゆえの選択でした。
息子は
「僕の欲しいのがいい!」
「なんでダメなの?」
と言いましたが
「僕の欲しいのがいい!」
「なんでダメなの?」
と言いましたが
最後は泣く泣く
お父さんおすすめの大きな机を買うことになりました。
その背中を見ながら、私は少し複雑な気持ちでした。
お父さんおすすめの大きな机を買うことになりました。
その背中を見ながら、私は少し複雑な気持ちでした。
大人の経験という「導き」と、
感性という「宝物」
感性という「宝物」
子供は経験が少ない分
どうしても「今、この瞬間のときめき」や
「見た目の可愛さ」で物を選びます。
それは子供らしくて
とても素敵な感性です。
どうしても「今、この瞬間のときめき」や
「見た目の可愛さ」で物を選びます。
それは子供らしくて
とても素敵な感性です。
一方で
私たち大人は経験があるからこそ
「数年後はこうなる」
「使い勝手はこっちがいい」
と先が見えてしまいます。
私たち大人は経験があるからこそ
「数年後はこうなる」
「使い勝手はこっちがいい」
と先が見えてしまいます。
子供の「好き」という純粋な気持ちを尊重してあげたい。
けれど
長い目で見て本当に良い方向へ導いてあげることも親の役目。
長い目で見て本当に良い方向へ導いてあげることも親の役目。
そのバランスの難しさを
今回の机選びで痛感しました。
今回の机選びで痛感しました。
ところが
いざ家に机が届いてみると……
息子の反応は劇的でした。
いざ家に机が届いてみると……
息子の反応は劇的でした。
「お父さんの言った通り、この机にしてよかった!」
大きな棚に自分の宝物や教科書がすっきり収まり
部屋が整理整頓されたこと。
部屋が整理整頓されたこと。
そして
机が広いので
本を数冊広げても余裕を持って勉強に集中できること。
机が広いので
本を数冊広げても余裕を持って勉強に集中できること。
実際に使ってみて初めて
息子はお父さんが教えてくれた「快適さ」を肌で感じたようです。
今回のことで、無理に押し付けるのではなく
かといって子供の意見を丸呑みするだけでもない
「経験を分かち合う」
ことの大切さを学びました。
息子はお父さんが教えてくれた「快適さ」を肌で感じたようです。
今回のことで、無理に押し付けるのではなく
かといって子供の意見を丸呑みするだけでもない
「経験を分かち合う」
ことの大切さを学びました。
大人が「こっちの方がいいよ」と差し出す手は
子供の未来を広げるためのもの。
子供の未来を広げるためのもの。
今はわからなくても
いつか息子が
「あの時、あっちを選んでよかった」
と思ってくれる。
その積み重ねが
親子の信頼に繋がっていくのかもしれません。
ダンスの先生とお客様にも当てはまることかもしれません。
人生は何でもダンスに繋がる哲学のようです。
いつか息子が
「あの時、あっちを選んでよかった」
と思ってくれる。
その積み重ねが
親子の信頼に繋がっていくのかもしれません。
ダンスの先生とお客様にも当てはまることかもしれません。
人生は何でもダンスに繋がる哲学のようです。
ちなみに
きれいになった机は私にとっても仕事がしやすく
思わぬ副産物に喜んでいます。
きれいになった机は私にとっても仕事がしやすく
思わぬ副産物に喜んでいます。





