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父の記憶
2024年06月19日
こんにちは

昨日は父の日のことについて綴りました。


私のお父さんとの思い出を思い出しました。

私は幼いころはお父さんが大好きで

日曜日のたびに

昼過ぎまで寝てる父をたたき起こし

近くのセブンイレブンに連れ出して

お菓子をたくさん買ってもらって

お家でテレビを見ながら一緒に食べるのが楽しみでした。


あるとき父がパチンコの景品だったと思うんですが

「テレビに直接入れればゲームできるのかと思った」

とファミコンのカセットを持って帰ってきたことを覚えています。

それで

後日スーパーファミコンを買ってきてくれて

一緒にゲームをしたのも覚えています。

今思えばお父さんって天然な人だったのかな・・・


いい思い出もありますが

私の記憶の大部分は

「お父さん嫌い、あっち行って。」

という女子ならではの反抗期の時期です。

中学から高校生その先もだったかな・・・

今でもあんなに嫌わなければよかったなと思ってます。

自分が働いてから

両親は偉大だったと気付きましたね。



私の父は身長は160センチくらい

体重は100キロ超え

ハンプティーダンプティーのような体系でした。

私はどちらかというと父似なので

太れる遺伝子があると思ってるので

太らないようにと思っています。

父のいいところも遺伝してると思ってて

私はよくラテン現役時代の頃は足がきれいと言われてて

もちろん足の使い方をきれいにと思って練習してましたが

足の形のきれいさは父親譲りと思ってます。


それで

父は美意識が高かったんだと思うんですが

私が子供の頃に

「正座したらO脚になるから正座はいけません。」

とよく言われてまして

O脚にはならず美脚になれたのは父のおかげです。

あとは

頭の形が絶壁になるからと

仰向けで寝てはだめ

それで顔がゆがむから

毎日寝るときは右向きで寝る日と左向きで寝る日を交互にしなさい

出っ歯気味だから暇があれば前歯を押しなさい

色々美に対してのアドバイスを言われてましたね。

その時はうるさいな・・・

と思ってたのですが

頭の形は絶壁ではないし

歯並びは悪い方ではないし

今となっては感謝ですね。


父が亡くなる2週間前に

父と母と九矢先生と私と息子で日光に旅行しました。

一応自分たちで特急電車のチケットをとって

宿を手配して親を招待という形にしました。

それが最後の親孝行になりました。

今となっては

親とは離れて暮らす時期のほうが長いんですが

育ててもらった10数年の記憶がインパクト強く記憶に残ってます。